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千葉地方裁判所 平成8年(ワ)2228号 判決 1999年11月12日

東京都江戸川区東葛西八丁目一八番七号

原告

飯田幸彦

右訴訟代理人弁護士

井出正敏

千葉県市原市辰巳台東四丁目二二番地の二一

被告

株式会社 京葉新聞社

右代表者代表取締役

両川邦男

右訴訟代理人弁護士

浜名儀一

内藤賢一

山口仁

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、その刊行する新聞に「京葉」の名称を用いてはならない。

二  被告は、平成元年八月一日千葉地方法務局市原出張所でした設立登記事項中、商号「株式会社京葉新聞社」の抹消登記手続をせよ。

第二  事案の概要

本件は、「京葉新聞」の名称で新聞を発行している原告が、同一名称の新聞を発行している被告に対し、商法二一条に基づき、「京葉」の名称の使用差止め及び被告の設立登記事項中、商号の抹消登記手続を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、「京葉新聞」の名称で新聞を発行している者である。

2  被告は、新聞紙の発行並びに広報紙の製作、書籍の出版等を目的として、平成元年八月一日、「株式会社京葉新聞社」の商号で設立登記された株式会社である。

3  原告は、遅くとも昭和四一年以来、千葉県内及び東京都東部地域内において、京葉新聞を発行している。

4  被告は、平成元年一〇月五日以来、千葉県市原市を中心に、原告と同じ「京葉新聞」の名称で、原告発行のものとは異なる新聞を発行している。(右事実は、当事者間に争いのない事実、証拠〔甲第一三号証の1ないし6、乙第一号証ないし第八号証〕及び弁論の全趣旨によって認める。)

二  争点

被告には、株式会社京葉新聞社を設立し「京葉新聞」を創刊した平成元年八月ないし一〇月ころ(以下「本件当時」という。)において、商法二一条一項にいう「不正の目的」があったか。

三  争点に関する当事者の主張

1  原告の主張

(一) 被告による商号使用

被告は、その商号の主要部分である「京葉新聞」の名称を用いて新聞を発行しており、右名称は、原告発行の新聞と同一のものであるから、原告の営業と誤認混同を生じさせる商号を使用している。

(二) 商法二一条一項の「不正の目的」の存在を推認させる事情

(1) 商法二一条一項にいう「不正の目的」とは、営業主体の誤認を招来する意図をいうところ、右意図は、<1> 原被告が同一の事業を営むものであること、<2> 被告が原告よりも後に右事業を開始していること、<3> 原告と被告との事業地域が一部重複していること、<4> 原告の名称が前記地域において原告の事業を表すものとして周知であること、以上の事実によって推認されるというべきである。

(2) (1)<4>については、(ア) 原告発行の京葉新聞は、創刊以来、平成九年一月一五日までで一二一九号を数え、その間の年数は三三年を越えていること、(イ) 原告は、平成六年八月に、社団法人千葉県地方記者会の会長に選任されたこと、(ウ) 原告は、同年以来、自らが発行する京葉新聞を、千葉県内で月一回無料配布していることから、原告の京葉新聞の名称は千葉県全域及び東京都東部地域一帯(以下「その配布地域」という。)において周知であるということができる。

(三) 原告の利益が害されるおそれ

平成七年一二月ころ、被告の京葉新聞に広告を掲載した株式会社長谷工コーポレーション(以下「長谷工コーポレーション」という。)が、その広告料金を原告に対し送金してきた。これは、長谷工コーポレーションが、原告の発行する京葉新聞と被告の発行する京葉新聞とを現実に誤認混同した結果であり、このことは被告による商号使用によって原告の新聞業に損害が生じるおそれがあることを示す事実である。

(四) よって、被告は、原告の名称として千葉県全域に知られている「京葉新聞」の名称を使用することにより、不正の目的をもって営業主体の誤認を招来せしめようとしたものであるということができる。

2  被告の主張

(一) 被告には、営業主体の誤認を招来する意図など全くない。そもそも被告は、平成八年二月三日、原告から同月二日付内容証明郵便を受け取るまで、原告が京葉新聞という名称で新聞を発行していることを知らなかったものである。

(二) 商法二一条の解釈上、同条の規定により他人に不正使用の目的ありとして同一商号の使用の差止めを請求する場合には、その商号が周知であることの要件が必要であると解すべきところ、原告の発行する「京葉新聞」はほとんど無名である。

第三  争点に対する判断

一  名称使用差止請求について

原告は、被告が「京葉新聞」の名称で新聞を発行することの差止めを求めているが、その趣旨が被告の営業活動そのものの表示(すなわち、「京葉新聞」のタイトル等の営業表示)の使用差止めを求めているのであれば、商法二一条が営業表示の使用差止めを認めていない以上、原告の請求は主張自体失当である。

もっとも、原告の右請求は、被告発行の新聞に「株式会社京葉新聞社」の商号を表示することの使用差止めを求める趣旨も含めたものと解することができるので、以下、商号登記抹消登記手続請求(二)と併せて検討する。

二  商号登記抹消登記手続請求について

1  商法二一条一項にいう「不正の目的」

商法二一条は、故意に信用ある人の氏名等を商号に冒用して一般公衆を欺く者が現れる弊害を除去する趣旨の規定であるから、同条にいう「不正の目的」とは、他人の氏名商号等を使用することにより一般人をして自己の営業を他人の営業であるかのように誤認させ、他人の有する信用ないし名声等を自己の営業に利用する意図その他社会通念上公正と認められない方法をもって他人の信用や営業上の利益を害する意図を広く含むものと解することができる。しかし、他人の氏名商号等をその使用開始当時に知らない者には右の「不正の目的」がないと解すべきことは、同条の文言に照らし明らかである。

そこで、以下、被告に「不正の目的」があったかどうかについて検討をすすめる。

2  本件における「不正の目的」の有無

本件全証拠によっても、本件当時、被告が原告の京葉新聞の存在を知っていたと窺うことはできないが、原告の所論にかんがみ、当裁判所の判断を示すと、以下のとおりである。

(一) まず、原告は、(ア) 創刊以来長い年月が経過していることから、本件当時、原告の京葉新聞が周知であったと推認することができる旨主張する。しかし、本件全証拠を検討しても、原告の発行部数の推移を知ることのできる客観的な資料は存在しない上、原告本人も途中何か月間か発行を止めていた時期も数回あるなどと供述するのであって、本件当時、原告の京葉新聞が周知であったと推認することは困難である。

(二) 次に、原告は、(イ) 社団法人千葉県地方記者会の会長に選任されていること、(ウ) 自らが発行する京葉新聞を千葉県内で月一回無料配布していることから、本件当時、原告の京葉新聞がその配布地域において周知であったと推認することができる旨主張する。しかし、原告本人の供述するところによれば、(イ)及び(ウ)の事情は平成六年以降のことであるというのであるから、これらの事実から、本件当時、原告の京葉新聞がその配布地域において周知であったことを推認することは極めて困難である。

(三) さらに、原告は、長谷工コーポレーションにおいて現実に誤認混同を生じた事実があった旨主張する。しかし、右事実は、平成七年一二月の出来事であって、この事実から、本件当時、原告の新聞が周知であったと推認することは困難である。

(四) 右のとおり、原告の京葉新聞が、本件当時、その配布地域において周知であったということはできず、被告が原告の京葉新聞を知っていたという事情も窺えないから、被告が自らの京葉新聞創刊当時に原告の京葉新聞の存在を知っていたということはできない。よって、被告に「不正の目的」があったことを認めることはできない。

三  結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部秀穂 裁判官 小宮山茂樹 裁判官 吉川昌寛)

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